ジミヘンドリックスのオールアロングザウォッチタワーの凄さとは?

      2019/08/17

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ジミヘンドリックスのオールアロングザウォッチタワー(all along the watchtowe)

凄さについてご紹介します。

 

ジミ・ヘンドリックスは生前、

ボブ・ディランの曲を好んで聴いていたらしい。

ジミはディランの歌声を聴いて

憧れを抱いていだき、

自分もバンドで歌おうと思ったとか。

 

何かの映像作品や伝記などのなかで

観た記憶がある。

 

私などはディランを聴いて

「良いなー」

とは思うが

 

ディランが

「ジミが憧れた歌い手」

と聞くとクエスチョンマークで

どうもそこがよくわからない。

 

あまり両者に

共通項や演奏スタイルに

近いものが見いだせないのがある。

 

そもそも

 

 

ディランを聴いている、

「リスナーとしてのジミ・ヘンドリックス」

想像できないのだ。

どうもイメージが湧かない。

 

なので、こう結論付けた。

 

それはシンガーソングライターの神様

ボブ・ディラン

ギターの神様である

ジミ・ヘンドリックス

が聴いていたという神々どうしの

神話」であった。と

 

いい加減な私の

いい加減な解釈なのだが。

 



 

ジミヘンドリックスの「オールアロングザウォッチタワー」(all along the watchtowe)の凄さとは?

閑話休題、ここで取り上げる

オールアロングザウォッチタワー(all along the watchtowe)」は

もともとはボブ・ディランの作品であり、

それをジミが自身の最高傑作「エレクトリック・レディランド」の収録曲として

カバーした作品である。

 

一体、ジミヘンドリックスのオールアロングザウォッチタワー(all along the watchtowe)

の凄さとは何なのか?

 

ディランのオリジナルを聴くと

最小限の演奏体形でプレイされ、

それがレコーディングされている。

 

楽曲としても切なさ剥き出しで

緊張感が高く

例えると、「一触即発の鋭利な音楽

とでも言える曲である。

 

一言で言うと

かつ

名曲

なのだ。

 

そんな名曲をジミは

どのようにカバーしたのか?

 

それはとても簡単

名曲を名曲のまま名曲としてカバーした

のである。

 

もちろん

エレキギターを重ね、

強いエフェクトをかけた様子は

ジミ独自の

ロックサウンドに仕上がっている。

 

しかしそれは

 

決して「ジミの独壇場

にはなっていない。

 

ディランの伝えたえたかったであろう、

哀愁、切なさ、鋭さと言った緊張感を

”全く殺すことなく”

ジミのカバーした「名曲」として

本質そのままに、生かし

新しい形にしてあるのだ。

 

その点がジミヘンドリックスの「オールアロングザウォッチタワー(all along the watchtowe)」

の凄さなのだろう。

 

 

ジミが行うカバー

そうなのである、

ジミは他の演奏家のカバーを

度々行っているが、

決して原曲の

 

「良さ」

「特徴」

そして本質でもある、オリジナルで演者が

 

何を伝えようとしているか

 

ということを壊すことはしなかった。

 

むしろ、肝の部分や本質は生かして

演奏、レコーディングを行い

作品にした。

 

ジミは、自身が、

圧倒的な演奏能力を持っていたのにもかかわらず、

カバー演奏の際は

原曲の

本質を理解し、

尊重した。

 

あくまで原曲に寄り添い、

新しい形の作品に

曲を生まれ変わらせるのであった。



ジェントルマン

そういう意味でジミは

カバー曲を演奏する上で、とても

紳士的

であった。

 

相手の意志を

最大限に尊重しつつ

自分の敬意と

力量を相手のために懸命に発揮する

 

そう、ジミは自身の能力のバランスを

カバー曲内で遺憾無く発揮し、

最高の演奏をした。

 

まさにその姿は

 

ジェントルマンであった。

 

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カバーに対する姿勢

その

ー相手への紳士的な

また

ーカバー曲に対して敬意を払う

 

というジミのカバーをするスタイルは、

ディランの曲だけでは無く

他のカバーした曲でも当てはまる。

 

ハウリンウルフの「キリングフロアー」における、

高速ブルース化、ビートの入れ替え、

 

でも

 

プレスリーの「ブルースウェードシューズ」を

ファンクソウルのスタイルに展開させ、

冷静に丁寧にプレイするのも、

 

ジミは自分の力に奢る事なく

原曲を

最大限に、スタイリッシュに

高い水準のまま

カバー作品として完成させた。

 

ジミの既存の名曲に対する姿勢は

真面目で誠実なものであった。

 

ーところで

これは私の不満でしか

ないのかもしれないが、

こう思うのだ。

 

人の曲をカバーするには

弾き手の曲に対する

謙虚さや理解力がなくてはならない。

 

テクニックももちろん必要だが

それだけではうまくいかない。

 

テクニック頼りの

弾き手のエゴによる

ひけらかし

に過ぎないカバー演奏は

今も昔も

かなり多い。

 

指がいかに動くか

奇抜なことができるか

いかに派手なアレンジで演奏するか

 

などの要素が過剰すぎると

カバーをする場合、

ただの自己顕示を超えられなくなる。

 

エゴによる、きらびやかさは

 

ワザとらしさが誇張される余り

つまらない、「薄ら寒さ

にまで曲が落ち込む。

そんな演奏は現在も後を絶たない。

 

それではいけないのだ。

問題は

「良い曲をよく演奏したい」

という

弾き手の精神

それが高いかどうか

そこにつきるだろう。

 

音楽に対する

真面目さ、誠実さ、情熱といった

ベタベタの道徳観念が

なくてはロックのカバーは

ぶっ飛ばないのだ。

 

音楽家としてのジミ

 

こうして

ボブ・ディランの曲を始めとした

様々な曲をカバーする

プレイヤーとしてのジミ・ヘンドリックス。

 

その姿ー

良い音楽を作り出していく

ことに純粋な情熱

 

そして

 

良質な音楽を作るために

努力できる、真面目さ

 

その取り組み方は

 

ギターを媒体とした、

音楽家」とも呼べよう。

 

紳士なギタリスト、ジミ・ヘンドリックス。

 

それは「オールアロングザウォッチタワー(all along the watchtowe)」を始めとした

カバー演奏をする

音楽家ジミ・ヘンドリックスの姿であった。

 

ジミ・ヘンドリックスエクスペリエンスのメンバーと特徴とは?

 

 

 

最後に

 

ジミはあくまで自らの最高の手段

「ギター」で、

他のミュージシャンの曲の本質を活かした

カバーをしたのだが、

 

それは大きく言えば

自分の理念そのものを体現する

音楽を求める過程であり、

実際それを遂行したのだ。

 

生まれながらのギタリストであり、

真摯な音楽家でもあったのだ。

 

ところで「オールアロングザウォッチタワー(all along the watchtowe)」を

 

カバーしてもらったディランは

 

ジミ・ヘンドリックスに匹敵する

活動をしたのか?

功績を残しているのか?

 

どんどん生きる伝説になっていく

ディランを見ながら、

彼ーディランは、

ジミにいい意味で

頭が上がらないのではないかと

私は思っている。

 

何故なら、

 

自身の名曲、

 

オールアロングザウォッチタワー(all along the watchtowe)」を

 

全然スタイルが違う

 

ジミに

 

あそこまでのエネルギーと名演で

 

全力を尽くして

 

エスコートしてもらったのだから。

 



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