ジミ・ヘンドリックスの名盤&名曲は?アクシスボールドアズラブがおすすめ!

   

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ジミ・ヘンドリックスのアルバムは

はっきりいってそれぞれ全てが「良い」

 

というよりアルバム一枚一枚における

その意味合いが、それぞれが全然違う。

 

音を変化自在に使ったファーストアルバム、「アーユーエクスペリエンス」

スタジオライブという条件を、自ら逸脱した確信犯的なBBCでのライブ「ライブアットBBC」

死後に編集されたはずなのに収録曲が新曲だらけ、かつ、内容が斬新すぎて度肝を抜かれる「ファーストライジングサン」

 

そして超大作でありながら名曲ぞろい、我々の想像、期待、予想をいとも簡単に凌駕する空前絶後の名作「エレクトリックレディランド」

どれも色が濃く、シンボリックなため

アルバムを羅列するだけで

夜が明けてしまいそうな(私の)勢いなので

1枚選んで紹介させていただく。

 

 

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ジミ・ヘンドリックスの名盤&名曲は?アクシスボールドアズラブがおすすめ!

ジミ・ヘンドリックスの名盤&名曲は「アクシス・ボールド・アズ・ラブ」

ジミのセカンドアルバム。これにスポットを当てよう。

 

評論家やファンの間では

「実験的」と言われているこの作品。

 

このアルバムに対し

「実験的」というワードが出ると、

 

「そうだけどさ〜」

 

という半分呆れた、またもどかしさに

私は襲われる。

 

そうなのである。確かにとても実験的なのだ。

 

しかし、

「このアルバムはどんな実験で、また実験により何をもたらしているのか?」

 

という最も語られるべきと部分が

完全に欠落したまま、

我々はこのセカンドを評価してしまっているのだ。

 

 

アクシス・ボールド・アズ・ラブでの実験

 

ではこのアルバムの「実験」

とは何なのか?

 

それはジミがしたかった音楽の

作業、組み立て、そして演奏そのものの、言うならば「過程」

をそのままアルバムに落とし込んだ事だ。

 

(つまり過程は実験と言える)

 

そして

 

音楽の「制作過程」そのものを

楽曲の演奏としてレコーディングする、

という事に成功したのだ。

 

例えるなら、科学実験の過程を実況VTRにした

ともいえる。

 

「実験の過程の標本化」という

前代未聞の「生もの」アルバム。

 

これが「アクシス・ボールド・アズ・ラブ」である。

 

 

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実験方法

 

そんな「生きる化け物アルバム」とも言える

この作品。

 

実験と過程の説明をしてきたが、

もちろん、それぞれの楽曲もズバ抜けて良い。

 

アルバムの意図が「化け物の標本」

なのだから当然である。

 

楽曲の具体的な特徴として、

 

「音の変化の繰り返しを止めない」

 

「ギターソロをハンドベルで追う」

 

「あり得ないほどのクオリティのギターフレーズを次々重ねる」

 

「ギターの和音奏法を同じ形のままずらす」

 

などなど

「こんな方法があるのか!」が

ズーーーっと続くのだ。

 

こんなものをまともに聴かせられたら

言葉を失った挙句、

「実験的」

としか言えなくなる。

無理もない。



破格の名曲「スパニッシュキャッスルマジック」

そんな実験の中で

私が名曲だと強く思う一曲を紹介しよう。

 

それはこの曲、

 

「スパニッシュキャッスルマジック」

 

だ。

 

冒頭の謎のイントロから

リフレインに入る

掴み所のない曲調

 

ここまでで既に

「おかしい」

のだ。

最早、普通のブルースロックではない。

 

そして曲がどんどん続き展開する度に

「よくこれ思いついたな!」

という言葉しか感想になっていない自分に気付く。

 

そんな考えつかないレベルの演奏と展開が

この名曲では、終始続くのだ。

 

それは曲の「ココ」が良い

というレベルを完全に外れて

 

「そんな発想ありかよ!?」

 

という神技、神アイデアの連発。

 

この曲は

 

ドクター・エキセントリック

「ジミ・ヘンドリックス博士」

の一つの天才的な

 

「作業過程」

 

 

「実験結果」

 

なのだ。

 

もう舌を巻くしかない・・・。

 

 

実験が示唆している事

ところで

皆さんは、哲学者カントの

「コペルニクス的転回」

をご存知だろうか?

 

ザックリ説明すると

 

「事柄を自分が認識する」

 

のではなく

 

「自分が認識しているから事柄がある」

 

という概念で、

 

コペルニクスの提示した

天動説から地動説の

視点の移り変わりにも似た

 

認識論のことである。

 

しかし、このコペルニクス的転回が

ジミヘンのこのセカンドに

起こっていることと

近いところがあるのではないだろうか?

 

ーこういうことだ

 

このアルバムは名盤だ。

紛れも無い。

 

凄いアルバムだ。

どこを取っても見事だ。

 

 

しかしそれを理解しながらも

知らない間に

変形させられているのは・・・

 

私たちリスナー自身なのだ

 

「凄い実験内容が繰り広げられる」

 

それにより抱えることは

 

聴いた、私そのものの認識が変形し、

その私がアルバムが変形しているのを

また見る、そして私が変形する

いうならば循環

 

言い換えると、

「グルグル回る螺旋状の変異現象」

ともいえる精神と音楽の相互影響。

 

コペルニクス的転回にも似た

認識と事柄の関係の転換

 

これがヘンドリックス博士の

セカンドアルバムだ。

 

それは

「私たちを変えてしまった」という

実験結果を残した。

 

最後に

そうなのだ

これを書いている時点で、

 

また改めてジミのセカンドを、

 

熾烈な実験を聴いて、

 

私はまた変化してしまっている。

 

そして変化した私は

ジミの別の一面を

新たに見出してしまうのだ。

 

ジミ博士の実験によって

精神が少しずつ変わっていく。

音も立てず。

 

しかし!

 

それは確実に良い変化だ。

 

上質なものに触れて起こる変化は

確実に人を洗練させる。

 

ジミが「人をよくするため」に

音楽を作ったかはわからない。

 

ただこれは言える

 

ジミ・ヘンドリックスは

人の心を音楽で驚かせ

なおかつ、浄化させる

偉大なギタリストだ。

 

(ただこれしか言えない)

 

ここまで書いても、

 

ジミを言葉にするのはこれしか

出来ない…。

 

厳しいっ!

 

許せ、ジミ。

 

 

 



 - ジミ・ヘンドリックス