手代木功の経歴は?【驚愕】医者になるのをやめた意外な理由とは?

   

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1月24日のカンブリア宮殿で塩野義製薬の社長が出演されます。

 

名前は「手代木功(てしろぎいさお)」さん、ちょっと珍しい名前ですが・・・凄腕経営者なんですねー。

 

ということで今回は手代木功社長のすごい経歴や医者にならなかった驚愕の理由などをご紹介します。

 

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塩野義製薬社長「手代木功(てしろぎいさお)さん」の経歴は?

 

塩野義製薬の社長「手代木功」さんの経歴をご紹介します。

 

生年月日 1959年12月12日

年齢   59才

出身地  宮城県

大学   東京大学

1982年 塩野義製薬株式会社入社

1998年 社長室長

1999年 秘書室長、経営企画部長

2002年 取締役

2004年 取締役 常務

2006年 取締役 専務

2008年 塩野義製薬代表取締役 社長

 

手代木功社長の経歴を見てみると・・・平社員として塩野義製薬に入ってから確実に昇進を重ねていますねー!とくにすごい部分は2000年代に入ってからの昇進スピードです。

 

塩野義製薬ではほぼ2年おきに、部長→取締役→常務→専務→社長と昇進しています。まるで現代の島耕作ですね(^_^)

 

サラリーマンをするものであったら誰でも一度はあこがれる経歴をお持ちの手代木功社長。出身大学は東京大学、そして経済紙の「フォーブス ジャパン」では「優れたCEOランキングで7位」に選ばれるほど認められた実力があります。

 

手代木功社長本当にすごい経歴をお持ちの方だったんですね!

 

 

 

【驚愕】手代木功社長が医者になるのをやめた意外な理由とは?

 

そんな素晴らしい経歴をお持ちの手代木功(てしろぎいさお)社長は母親の希望の通り医者になる道を進もうとされていました。しかし・・・手代木功社長が医者になるのをやめた以外で驚愕の理由があったんです。

 

それは手代木功社長は「血を見るのが大の苦手」だったんです!

 

しかも普通の苦手のレベルではなく他人が献血をしている見だけで貧血を起こしていたそうです・・・(>_<)

 

医者になると患者さんの血を見たりすることもたくさん見ることもあるでしょう。そのたびに医者が貧血を起こしていたのでは治療ができません。

 

ということで手代木功社長は医者になる道を断念しました。息子が医者になることを望んでいた母親は落胆したでしょうがこればっかりは仕方ありませんね。

 

でもこれが転機となって手代木功社長は薬学の道を進まれるきっかけになったのです。血を見るのが大の苦手では無ければ手代木功社長は塩野義製薬に入ることなくどこかの立派なお医者さんになっていたことでしょう。

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手代木功社長の性格は?

 

手代木功社長の子どものころの性格は目立ちたがり屋のお調子者です。友達と遊びに行くときも率先してリーダーシップをとるような性格でした。

 

そしてこれは性格とは違いますが小学校の時は全く勉強せずに遊びの場所を確保するために学校のグラウンドにいかに早く行くかずっとそればかり考えていたそうです。

 

勉強が出来なくてもクラスで目立ちたがり屋でお調子者だった手代木功社長。きっと人気者だったのでしょうね。その証拠に転向して三日後に学級委員に選ばれたこともあったそうです。

 

みんなから好かれる性格をしていたんですねー。塩野義製薬に入社して37年がたち社長にまで上り詰めた手代木功さん。さすがに目立ちたがり屋でお調子者という性格ではないと思いますが・・・(笑)

 

みんなを引っ張っていくリーダーシップは子どものころと変わらず今でも健在です。手代木功社長の今後のご活躍をお祈りします。

 

以上、手代木功社長の経歴、医者をやめた理由、性格などについてお伝えしました。

 



 - 経済