秋元正博現在の生活は?学歴、経歴や葛西紀明との関係も紹介!

      2018/12/16

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かつてスキージャンプ界に葛西紀明さん以外にもう一人のレジェンドがいたことをみなさんご存知ですか?

 

その名前は秋元正博さん。本記事は秋元正博さんの現在の生活や学歴、経歴そして葛西紀明さんとの関係をご紹介します。

 

スキージャンプ界のもう一人のレジェンドについてぜひご覧ください。

 

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秋元正博の現在の生活は?

 

秋元正博さんの現在の生活

 

・スキーのジャンプ競技に何らかの形でかかわっている

・北海道の政治についての活動

 

を中心に過ごされていると推測します。

 

秋元正博さんはあのスキージャンプ界のレジェンド「葛西紀明」さんが日本一だと断言できるほどの選手でした。その高い技術を後輩たちに伝授するのは自然の流れでしょう。

 

そして秋元正博さんは2005年に当時鈴木宗男さんが代表を務めていた「新党大地」の副代表だったのです。いまから13年ほど前の話ですが現在でも北海道の政治に何らかのかかわりをもっていると考えられます。

 

つまり秋元正博さんはスキーのジャンプ競技にかかわる仕事、政治活動を中心に現在生活されていると推測します。詳しくは12月16日放送の「消えた天才」の中で秋元正博さんの現在の生活が語られると思いますので分かり次第追記したいと思います。

 

 

秋元正博の学歴や経歴を紹介!

 

秋元正博さんの学歴と経歴を紹介します。秋元正博さんは北海道岩見沢緑陵高等学校卒、明治大学の政治経済学部卒です。秋元正博さんは40数年前の明治大学に合格していたということで勉強もかなりできていたようですね。

 

秋元正博さんは1956年9月3日生まれで年齢は62歳、北海道札幌市出身です。同じくスキージャンパーの八木弘和さんと日本のスキージャンプ界の中心選手でした。

 

海外のスキーのジャンプ大会で通算4勝を挙げています。あの伝説の選手、ニッカネン選手(フィンランド)にも勝ったことがあるんですよー。

 

1980年2月、レークプラシッド冬季オリンピック(アメリカ、ニューヨーク州)で4位、メダルまであと50cmの差だったということで秋元正博さんもさぞ悔しかったでしょうね。

 

サラエボオリンピックの有力選手だったのですが1982年、北海道瀬棚町で起こした運転中の事故の影響で出場はならず。

 

1986年オーストリアで開かれたフライング選手権大会で大転倒し、右足首の複雑骨折などの影響もあり、カルガリーオリンピックにも出場できませんでした。

 

スキーのジャンプ競技者として現役時代のは岩田地崎建設に所属していましたがその後オリンピックに出場することはなく、1989年のシーズンで引退されました。

 

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秋元正博と葛西紀明との関係は?

 

秋元正博さんとレジェンド葛西紀明さんとの関係についてご紹介します。

 

秋元正博さんは選手として高い技術を持っていました。当時の国内のスキーのジャンプ大会では無敵の強さを誇っていてまさに無敵状態でした。

 

秋元正博さんはただ強いだけの選手だけでなくほかの選手の実力を見抜く目を持っていたようです。ある時秋元正博さんは地元北海道の下川町でジャンプの練習中、居合わせたスポーツ記者にこう言いました。

 

俺よりうまい中学生がいる

 

そう、この中学生こそレジェンド「葛西紀明」さんだったのです!秋元正博さんが言うにはジャンプの踏切りから空中姿勢に移る間の体重移動が天才的だと葛西紀明さんのことを賞賛しているのです。

 

中学生時代に葛西紀明さんのこれからの活躍を見抜くなんてすごいとしか言えません。

 

その葛西紀明さんも秋元正博さんのことを「日本一のジャンパー」と賞賛しています。

 

お互いが天才同士だからわかるなにかがあるのでしょうね。秋元正博さんと葛西紀明さんの関係は今から約32年まえから始まっていたんですねー。

 

秋元正博さんについてのまとめ

 

葛西紀明さんともう一人のレジェンド、秋元正博さんについてお伝えしました。秋元正博さんの年齢は62才、現在の生活の様子は分かり次第追記ます。

 

葛西紀明が憧れた悲劇の天才ジャンパーは誰?経歴を紹介!

 

願わくば日本のスキージャンプのために秋元正博さんの技術を後輩たちに伝えていくお仕事だったらいいななんて思います。

 

過去のつらい思い出を乗り越えて元気に生活されている秋元正博さんの姿をみたいですね。

 



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