川口知哉のビッグマウスをまとめ!ルーキーの強気発言の裏にあるものとは?

   

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川口知哉さんは1997年のドラフト会議で4球団から1位指名を受けるほどの逸材だったのですが・・・

 

その川口知哉さんは野球で活躍するより前にその「ビッグマウス」で話題となりました。ということで川口知哉さんの過去のビッグマウスをまとめてみました。

 

さらに川口知哉さんがビッグマウスをしてしまう理由にも迫ってみます。

 

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川口知哉さんのビッグマウスをまとめました!

 

川口知哉さんのビッグマウスをまとめてみました。

 

・「完全試合を達成します!」(1997年夏の甲子園2回戦後)

・「(当時の近鉄)佐々木監督のよっしゃーだけは聞きたくなかった」(1997年ドラフト後)

・「20勝して新人王になりたい」(オリックス入団後)

・「(背番号が)16番ではなく、ホンマは11番が欲しい」(オリックス入団後)

・「仰木監督に会ったらいつから1軍で使うつもりか聞いてみたい」(オリックス入団後仰木監督へ向かって)

・「おなかペコペコ!」(一軍選手をグラウンドに待たせたまま食事)

 

などわかっているだけでこれだけでてきました。表に出てきていないビッグマウスも当然あると思いますので相当に強気な発言を繰り返されていたことは想像できます。

 

川口知哉さんはこのビッグマウスに苦しめられることになっていきます。なかなか結果が出ない毎日に次第に焦っていく川口知哉さん。コントロールも乱れピッチングフォームも崩れていきます。

 

そしてついにビッグマウスとは裏腹にプロでは1勝もできないまま引退することになってしまいました。相当な実力があったにもかかわらずなぜでしょうか。ビッグマウスで自分自身にプレッシャーをかけ過ぎたのかもしれませんね。

 

 

川口知哉さんがビッグマウスしてしまう理由とは?

 

川口知哉さんがビッグマウスをしてしまう理由は記者に対してのサービス精神からだったと引退後語っています。おなじことを繰り返し言ってもつまらない、記者たちがなにか喜ぶようなことをつい言ったしまったというのが真相です。

 

川口知哉さんは自分の「しゃべりが苦手」というあせり気持ちからつい調子のいいことを行ってしまったのかもしれません。しゃべりが苦手な人は「うまくしゃべらなければ・・・」「コメントを噛んだらどうしよう」とか不安な気持ちで胸が押しつぶされそうになります。

 

実際にわたしがそうですので川口知哉さんの気持ちがよくわかります。つい調子のいいことを言ってしまうんですよね(^_^;)川口知哉さんがもう少ししゃべりが得意ならプロとして結果を残されたのかもしれません。

 

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川口友哉さんの経歴を紹介!

 

川口知哉さんの経歴をご紹介します。

 

川口知哉さんは1979年8月25日生まれで、年齢は39才、身長は184cm、京都府城陽市の出身です。1997年の夏の甲子園で京都平安高校のエースさらには4番打者としてチームを準優勝へと導きました。

 

ちなみに井川慶投手、能美篤史投手と同じ年でともにプロ野球から高い評価を受けていました。そして1997年のドラフト会議でオリックスへと入団。

 

しかし・・・上で書いた通りプロでは結果を残せませんでした。残念です。

 

現在は京都フローラという女子プロ野球の監督をされています。そしてなんと京都フローラはジャパンカップで見事優勝!その優勝チームを率いている監督として今後評価が高まっていくでしょう。第二の人生で活躍されることをこころからお祈りします。

 

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まとめ

・川口知哉さんのビッグマウスをまとめました

・川口知哉さんがビッグマウスしてしまう理由とは

・川口知哉さんの経歴

 

以上についてお伝えしました。最後までご覧いただきましてありがとうございました。

 

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