岩下尚史の実家は金持ち?若いころの仕事を紹介!おいなりさん発言について解説(笑)

   

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岩下尚史さんは「5時に夢中!」でレギュラー出演されていていますのでご存知の方も多いでしょう。「おいなりさ~ん、おいなりさ~ん」といなりずしの売り子のマネがおもしろかったですね!(^^)

そんな岩下尚史さんの実家って相当なお金持ちということですがみなさん知っていましたか?

さらには岩下尚史さんの若いころの仕事や実家の父親とのエピソードも紹介します。

 

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岩下尚史の実家は金持ち?高校や大学はどこ?

 

岩下尚史さんの実家はお金持ちということをしらべてみたところ本当にお金持ちらしいのです。岩下尚史さんの実家がお金持ちの理由なんでしょうか。

 

岩下尚史さんは1961年6月28日生まれで年齢は57才高校は熊本県立菊池高等学校、大学は國學院大學文学部です。現在は東京都の青梅にお住まいです。仕事は作家、伝統文化評論家、大学の客員教授とということでいろいろな顔をもっているんでね!

そして岩下尚史さんの実家は熊本県菊池市にあります。お金持ちの理由の一つとして周りからおぼっちゃんとみられていたというのがあります。一人っ子の岩下尚史さんは実家で「箱入り息子」のように大切に育てられました。岩下尚史さんは「ハコちゃん」とのニックネームで呼ばれていたのはそういうわけだったんです。

 

実家がお金持ちのもうひとつの理由は岩下尚史さんが小学生のころの出来事にこんなことがありました。本が大好きだった岩下少年は本ばかり読む毎日を過ごしていました。それは褒められることだったんですが1970年代のはじめのころは男の子はそとで元気に遊ぶものだという先入観から無理やり岩下尚史さんは外に追い出されます。

 

そのとき父親から買ってもらたのが当時高級品だった野球用グラブでした。現在のように安いグローブは昔はなかったんですよ。高級品だった野球用グラブを買い与えられて岩下少年はしぶしぶ外で遊ぶことになったのです。高級品を息子に買ってあげられるだけの経済的な余裕があったのでしょう。

 

以上の理由から岩下尚史さんの実家はお金持ちだったと考えられます。しかししつけに厳しい父親の思惑とはぜんぜんちがった道を岩下尚史さんはあゆむことになるのですが・・・。

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岩下尚史の若いころの仕事は何?

 

岩下尚史さんの若いころの仕事は新橋演舞場株式会の企画室長でした。演舞という名前のとおりいわゆる芸能のお仕事だったんですね。自分の子供に安定した硬い仕事についてもらいたかった父親は落胆したことでしょう。のちに父親は妻に向かって「あいつ(息子)のことは忘れる」といったエピソードもあったそうです(^_^;)

 

自分の息子を忘れると発言したことから父親が相当に怒っていたことがうかがえます(>_<)厳しい父親の教育のもと育てられ、自分のやりたいことができなかった岩下尚史さんは父親に対して反抗心があったのかもしれませんね。

 

そのご新橋演舞場を退職された岩下尚史さんは作家として活動され2007年には「芸者論 神々に扮することを忘れた日本人」で第20回の和辻哲郎文化賞を受賞するにまで活躍することとなります。ここまで結果を出した息子を父親はきっとゆるしてくれることでしょう。

 

 

岩下尚史の「おいなりさん」発言について解説します(笑)

 

岩下尚史さんは東京MXテレビ「5時に夢中」に毎週火曜日にレギュラー出演されています。「おいなりさん発言」はその「5時に夢中」のなかでのいなりずしについて解説するコーナーで行われたものでした。

 

岩下尚史さんは若いころ毎日夜遅くまで仕事をされていました。夜中まで働くとおなかがへりますよねー。むかしは「おいなりさ~ん、おいなりさ~ん」とまるで夜鳴きラーメンの屋台のように仕事場の近くまでいなりずしを売りに来ていたそうです。その売り子を岩下尚史さんはマネしました。

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突然、番組内にひびく岩下尚史さんの「おいなりさ~ん、おいなりさ~ん」はちょっとだけ異様な感じ(笑)がしましたが昔はそんなかんじだったのかとすこし勉強になりました(^^)ちなみに岩下尚史さんのおいなりさ~んはとてもいい声でしたよ!さすが文芸評論家だけありますね。

 

まとめ

・岩下尚史さんの実家&高校、大学について

・岩下尚史さんの若いころの仕事は

・岩下尚史さんのおいなりさ~ん発言について

以上についてお伝えしました。最後までご覧いただきましてありがとうございました

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